ドンモグの競馬コラム|豆知識シリーズ #30
日本競馬の歴史
横浜の外国人居留地から始まった150年
どうも、ドンモグです。豆知識シリーズ第30回は、日本競馬の「はじまり」の話。
今や世界でもトップクラスのレベルを誇る日本競馬ですが、その始まりは幕末から明治初期の横浜。外国人居留地に住む西洋人たちが、娯楽として持ち込んだのが最初です。
日本競馬の歩み(ざっくり年表)
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 幕末〜明治初期 | 横浜の外国人居留地で近代競馬が始まる |
| 明治後期 | 日本人による競馬会が各地に設立 |
| 昭和初期 | 日本ダービーなどクラシック競走が創設 |
| 戦後 | 日本中央競馬会(JRA)が発足 |
| 平成〜 | 国際化が進み、日本馬が海外G1で勝利 |
「ダービー」の名前の由来
日本ダービーの正式名称は「東京優駿」。「ダービー」はイギリスの貴族、ダービー卿の名前に由来し、本家イギリスのダービーステークスにならって日本でも創設されました。「競馬の祭典」と呼ばれるのは、この歴史の重みがあるからです。
「日本馬は海外で勝てない」時代からの転換
長い間、日本の馬は海外の強豪に歯が立たないと言われてきました。転機は1990年代以降。サンデーサイレンスなどの優れた種牡馬の導入と、育成技術の向上により、日本馬のレベルは急速に上がりました。今では日本馬が海外G1を勝つことは珍しくなくなり、逆に海外の馬が日本のレースを勝つのが難しい時代になっています。
実戦での活かし方
歴史を知ると、レースの「格」の感じ方が変わります。日本ダービーがなぜ特別なのか、天皇賞がなぜ「盾」と呼ばれるのか、有馬記念がなぜ年末の風物詩なのか。それぞれに背景があり、陣営の思い入れも違います。たとえばダービーは「一生に一度」の舞台なので、陣営は万全の仕上げで挑んできます。一方、歴史の浅いレースは陣営の位置づけがまちまち。「このレースを陣営はどれだけ重く見ているか」は、歴史を知ると自然と分かるようになります。
歴史の中で忘れてはならないのが、戦争や災害を乗り越えて競馬が続いてきたことです。戦時中は一時中断され、戦後の混乱期には運営も苦しい時代がありました。それでも競馬が復活し、今日まで続いているのは、馬を愛する人々と、それを支えるファンがいたからです。また、平成以降は「馬券をスマホで買える時代」となり、競馬場に行かなくても楽しめるようになりました。競馬の歴史は、娯楽の変化の歴史でもあります。今、私たちがブログやSNSで予想を語り合っているのも、150年の歴史の最新ページなのです。
よくある質問
Q. JRAと地方競馬は何が違うのですか?
A. JRA(日本中央競馬会)は国が監督する中央競馬で、東京・中山・阪神・京都など全国10場で開催されます。地方競馬は都道府県や市が主催し、大井・川崎・園田などで行われます。賞金規模やレベルはJRAの方が高いですが、地方競馬にも独自の名レースや名馬がたくさんいます。
🐴 もうひとつ豆知識
天皇賞の優勝馬には「盾」が贈られます。これは天皇賞の前身である「帝室御賞典」で、天皇から御賞典として盾が下賜されたことに由来します。「盾を獲る」という表現は、この歴史から生まれた競馬界の言い回しです。
🐴 ドンモグのひとこと
横浜の居留地で外国人が遊びで始めた競馬が、今や俺の家族旅行の資金源候補になってるって、歴史の巡り合わせって面白いよな。150年の続きを、今週末も見に行く。
あわせて読みたい
※本記事は情報提供を目的としたものであり、馬券の的中を保証するものではありません。馬券の購入は自己責任でお願いします。


コメント